<紙ふうせんとは?>紙ふうせんは後藤悦治郎と平山泰代で結成

紙ふうせんは、後藤悦治郎と平山泰代で結成された事について

紙ふうせん

紙ふうせん、と云われて懐かしい記憶を思い出す人も少なくないとおもう。
紙ふうせんは1974年に結成したフォークデュオの事だ。
1977年のシングル[冬が来る前に]がミリオンセラーを記録する大ヒットし、一躍紙ふうせんと云うフォークデュオが全国的な知名度を得る事になった。
このシングル[冬がやって来る前に]や前身の赤い鳥時代の[翼をほしい]は現状では往年のヒット曲の枠を越え、学校の音楽教育でも歌われるほどの国民的な音楽に為っている。
この紙ふうせんと云う歌手は本来1967年、後藤悦治郎と平山泰代に拠って結成され、68年に[赤い鳥]と云う名称になったフォークソンググループから開始した。
そしてこの2人は、高校時代の同級生で、1970年にデビューした。
しかしながら、このフォークデュオの2人は、高校時代には殆どつき合いが無く、同じ大学で再会した事で意気投合し、74年に[赤い鳥]と云うフォークソンググループを結成、其の後解散した後に結婚して、紙ふうせんとして改めてデビューしたのだった。


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紙ふうせんヒット曲:[朝の空][冬が来る前に][翼をほしい][竹田の子守唄]について

紙ふうせん

この紙ふうせんだが、[冬が来る前に]と云う曲のヒット後も大人気を誇り、79年に放映開始された情報番組[おはよう朝日だ]では、主題歌[朝の空(あしたのそら)]は15年間に渡って活用されたのだ。
また、民謡を初めとする全国各地の伝承歌の取材・採譜を実行している事でも知られ、[翼をほしい][竹田の子守唄][赤い花白い花](以上は赤い鳥時代)[いつかり唄]等が彼らのレパートリーとして取り上げられて本当に超有名に為っている。
紙ふうせんの発表した作品はアルバム17作(ベスト盤を包括)、シングルは18作にものぼる。


紙ふうせんの現状の活動にかんして

団塊の世代の青春時代を思い出すと云った印象もある紙ふうせのだが、現状でも堅実な活動を継続しているようだ。
1998年に発表された紙ふうせんのシングル[翼をほしい]は日本サッカー協会オフィシャル応援歌にもなり、日本代表の試合時にファンが合唱したのをおぼえている人も少なくないだろう。
また紙ふうせんは、1993年には[全米シンガーソングライターフェスティバル]に参加している。
同じ93年からは六甲山オリエンタルホテルにて[六甲山頂クリスマスコンサート]を6年間にわたって開催している。
更に、2004年には結成30周年コンサートも開催し、ファンから根つよい人気を獲得している。
2005年にはテレビ番組[趣味悠々から紙ふうせんのあの素晴らしいフォークをもう1度]で講師としても出演し、話のネタに成ったようだ。
30年を超越して今もなお語り継がれ、愛される事を継続している紙ふうせんとその名曲たち・・・・・・。
真の名曲は時代と世代を超越すると云う証明と云えると云う事だ。
彼ら紙ふうせんには35周年、40周年と現状以降も活動を継続してもらい、より相当の人達に名曲を語り継いで欲しいものだ。

 

 

 

 

 

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